コンピュータありきの創造性と文化について

投稿者: 加藤 淳
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この記事は Human-Computer Interaction (HCI) Advent Calendar 2022 14 日目です。昨年は「HCI 研究の捉えどころのなさと 3 つの波、次の波」という記事を 18 日目に書きました。

先日、私が提案していた研究課題が、科学技術振興機構の研究推進事業 ACT-X 研究領域「AI 活用で挑む学問の革新と創成」に採択されました。これは、以下のとおり、AI 活用が当たり前になった社会でも、人々が創造的な活動を続けたいと思えるような Human-Computer Interaction (HCI) の技術を研究開発するものです。

AI を活用した創造性支援環境による創作文化の構成論的研究

人々が AI を活用しながらコンテンツ創作を行いたいと思える創造的な社会を実現するためには、コンテンツが次の創作を触発する持続可能なエコシステムの形成が重要です。本研究では、そうしたエコシステムにおいて人々とコンテンツが織りなす創作文化が果たす役割に着目し、コンテンツの創作・流通過程を支援する「創造性支援環境」を実現することで、創作文化を工学的につくり支えるインタラクション技術の確立を目指します。

この記事では、HCI 研究における創造性支援の現在地とこれからについて議論するとともに、私が研究題目に「文化」という単語を入れた背景について書いてみようと思います。

創造性支援の研究

創造性支援の研究は HCI 分野のグランドチャレンジとされており長い歴史があります。 創造性研究自体は心理学や認知学の分野でさらに長いこと研究されてきていますが、HCI の強みはその構成論的なアプローチにあります。 すなわち、HCI における典型的な創造性支援研究は、新しい創造性支援ツール(Creativity Support Tools; CST)を開発することで人々の創造的なプロセスに介入し、創造性を発揮できているかどうか実験するという手法を取ります。

こうしたアプローチは実際にめざましい成果を挙げており、さまざまな CST によって、従来は作れなかったものが作れるようになったり、作るために手間や修練を要していたものがより効率的に作れるようになったりしています。また、ソフトウェアに留まらずハードウェアを利用した支援やネットワークで繋がった先との共創なども含めた創造性支援環境において、多岐にわたる支援も行われるようになってきました。創造性支援の研究には、経済効果を超えて社会を豊かにする価値があると考えられています。

創造性支援批判

CST の研究には、こうした強みがある一方で、あまりに技術的新規性が重視されすぎているという批判もあります。例えば、評価実験が研究室など統制下の(in-vitro)環境でのみ行われている場合、問題を単純化しすぎていて、最悪の場合、実際の(in-vivo)創造的過程では活用できない可能性も生じてきます。

私はこの研究が好きすぎて、デンマークまで著者に会いに行ってしまいました。他の用事と招待講演が主目的でしたが、実際に対面で話してみると意気投合できてとてもよかったです。

オーフス市内の様子
デンマークのオーフスはとても住みやすそうないい街でした

また、研究の多くが WEIRD(Western, Educated, Industrialized, Rich, Democratic)な文脈で行われており、成果がその文化圏でしか通用しない(理解されない・適用できない)という限界がある可能性については、ほとんど意識されていません。(こちらに関しては国際的な HCI 研究全般にいえる問題点です。)

社会文化的な観点での創造性支援

創造的な活動は、研究室でなく現場で(in the wild)起きています。何かを創造する過程はそれ自体で閉じていることはなく、実際には、創作物を配信したり、他の人がそれを改変したり、派生コンテンツを作ったり、ソーシャルネットワークで反響を返したりといった、社会文化的な過程がついて回ります。

具体例として、このブログ記事を読んでいる方は、おそらく容易に「初音ミク」文化を思い浮かべることができると思います。ボーカロイドという歌声合成のための CST の周辺において、人々とコンテンツが織りなす創作文化はとても豊穣なものです。これは、日本のアニメが多様なクリエイターとファンの二次創作などまで含めた協働的な創造性に支えられて今日まできていることとも関係が深いでしょう。しかし、これらは non-WEIRD な文化圏の特殊例であり、 WEIRD な文脈で語ろうとすると、たいていの場合かなり前提知識の説明を要します。

私は、ミュージックビデオ制作を容易にする TextAlive の研究を社会展開しながら「初音ミク」文化の傍で、あるいはアニメ制作会社の技術顧問として、現場での創造的過程を観察し、それに魅せられてきた経験から、創造性支援の研究においてこうした社会文化的な観点を考慮していくべきだと考えています。また、国際的に活躍する研究者たちと意見交換するなかで、こうした観点は、創造性支援研究に携わる HCI 研究者間では共有しうる課題感であるという確信を強めてきました。

ACT-X の研究では、従来の創造性支援環境の定義を拡張し、コンテンツの創作だけでなく流通過程まで支援するものとしています。(これは、従来のプログラミング言語 = Programming Language 研究の支援対象を拡張し、プログラミング環境が提供する体験 = Programming Experience を重視すべきとしてきた私の従来研究の観点と繋がっています。)そして、これまで研究開発してきた TextAlive という CST を拡張し、現場の実証環境として活用しながら創作文化についての理解を深めていくつもりです。せっかくの個人型研究なので、工学的なアプローチに加えて、人文科学系のアプローチも勉強して取り入れていきたいと思っています。

創造性支援環境研究の図
ACT-X 研究領域「AI 活用で挑む学問の革新と創成」採択研究課題「AI を活用した創造性支援環境による創作文化の構成論的研究」

心理学の文脈では、すでに社会文化的なアプローチが注目を集めており、社会文化的な創造性研究の必要性が訴えられています。本研究では、HCI 研究者の立場でこれに呼応し、せっかくなら分野を横断するインパクトを目指したいところです。

まだまだ勉強しなければならないことが多いので、この記事で触れたようなトピックに興味のある方は、ぜひお気軽にご連絡ください。(とくに心理学・認知科学・計量社会科学・文化人類学・創造性研究・メディア論などを専門にしている方々…!)

AIST Creative HCI Seminar

最後に、宣伝です。私の所属である産業技術総合研究所で AIST Creative HCI Seminar という HCI 分野の連続講義を開講する準備を進めています。

初回は 2023 年 3 月 7 日(火) で、東京およびオンラインでのハイブリッド開催となる予定です。 ACT-X の研究テーマと関係の深い、心理学バックグラウンドの HCI 研究者と、ソーシャルコンピューティングの HCI 研究者を物理的に招聘します。参加登録を開始する際にはまたお知らせしますので、まずは、ぜひカレンダーに予定を入れておいてください。

スクリーンショット
AIST Creative HCI Seminar 公式サイト