情報処理が科学を更新する(IPSJ-ONEに登壇しました)

投稿者: 加藤 淳
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カテゴリ: research, science, sigpx, student

情報処理学会全国大会 大トリのプレゼン大会 IPSJ-ONE に招待され、登壇してきました。これは、情報処理に関わるさまざまな分野の研究会から優秀な研究者を選出し、1 人 5 分ずつ登壇するイベントで、去年から開催されています。TEDをご存知の方なら、その研究者版と考えていただいて間違いないです。

私は去年裏方(Web 担当)だったのですが、今年は表舞台に立たせていただきました。このイベントの特徴として、発表者だけでなく、運営している委員会の委員も国際的にトップレベルの研究者ばかりという点が挙げられます。運営 → 登壇のパスを辿ることで、僭越ながらその実例第一号になれたように思います。逆に、去年登壇をお願いした方々が今年の運営に回っていて、お世話になりました。他にも、話を聞いてみたい運営委員ばかりです。

この記事では、発表をざっと振り返ってから、さらに進んで**情報処理の産業とアカデミアが今後科学全般に対して果たす役割(本題)**について考えてみます。これは常々感じてきたことですが、人文科学(後藤さん)、物理(楽さん)、生物情報科学(清水さん)のようにさまざまな分野と関わって研究を進めている登壇者と議論したり、企業に所属しながら研究している松本さんのブログ記事を読むなかで確信を深めました。

IPSJ-ONE「コンピュータを変幻自在の道具にするためのプログラミング環境技術」

コンピュータを変幻自在の道具にするためのプログラミング環境技術

IPSJ-ONE スライド

私の発表は「今やどこにでもある変幻自在の道具 ── コンピュータを駆動しているプログラムを作るためには、さまざまな工夫が凝らされたプログラミング環境が必要だ」というメッセージを主軸に、以下 3 点を副次的なメッセージとして含めました。

  1. ビッグデータ・実時間処理・実世界系アプリが重視されるようになって、昔ながらのプログラミング環境では限界がきている
  2. プログラミング環境もまたプログラムの一種だから、変幻自在な道具としてプログラミングすることで限界を突破できる
  3. プログラミング環境の設計には複合領域の実践的な知見が必要だから、SIGPXのような勉強会で学際的に産学交流しよう

スライドなどは記事の最後に貼りつけていますが、このような話を踏まえると、情報処理を扱う学問(情報科学、コンピュータ科学)は 2 つの点で従来の学問と異なることが言えると思います。

情報科学は: 社会の隅々に入り込んでいるから純粋研究になりえない

コンピュータは形を変えていろいろなものの中に入り込んでいます。私の前の高瀬さんの発表でも組込みシステムの例がいろいろ挙げられていたように、一日生活する中でプログラムが入っているものに一切触れない人は最早ほとんどいないはずです。これは生活だけでなく Industrie 4.0 旋風が巻き起こっている製造業をはじめとするあらゆる業界に言えることで、働くことは、イコール、コンピュータと共同作業することに他なりません。

私たちコンピュータ科学者は、自然を観察して法則を発見する自然科学と異なり、元より人間が作ったコンピュータを対象に研究します。人間に都合のよいものを作っていくことが学問となるのです。コンピュータの基盤となる理論は純粋数学ですが、それでも応用先を意識しないことは稀です。結果として、Microsoft, Google, Apple, Amazon, Facebook, Adobe, Autodesk のような世界に名だたる IT 企業は関連分野の Ph.D をこぞって高給で雇っています。アカデミア → 産業界への確たるキャリアパスが存在するのがこの分野の特徴ともいえます。

逆に、コンピュータという、人間が作ったものがなければ研究にならないという点において、情報科学という学問は産業がなければ成り立たないことも明らかです。とくに、人々の生活に入り込み、人間のさまざまな活動の痕跡をデータ化して活用するための研究が盛んになってきています。Internet of Things は最近流行りの一例で、これまでにも音楽や動画、ゲームなど、あらゆる体験に関する情報がデジタル化されてきました。(私の所属するグループはコンピュータが音楽を理解する研究をしています。)まだ加速度センサによる動きの取得やカメラによる動画像の取得程度が一般的ですが、人間が体験する五感情報の全てが情報処理される時代はすぐそこです。(IPSJ-ONE 運営委員のあぱぱさんは電気味覚、杉浦さんは柔らかいインタフェースを研究しています。)

そのとき、研究者はどこからどこまでを自力で用意するのでしょうか?

ハードウェアは研究費を積めば買えるかもしれません。しかしながら、人々の生活に深く根差したデータは買えない場合がほとんどです。だからこそ、IPSJ-ONE 最後の登壇者、荒川先生はアカデミアにいながら「社会システムを買った」わけです。すでに、検索エンジンの研究は、実際にエンジン(Google, Bing など)を持ち人々の検索履歴データがある会社でないとできないケースも多くあると聞きます。前述の世界に名だたる IT 企業は、アカデミアの研究者に先んじた研究成果をいくらでも出しています。人々のあらゆるライフステージに関するデータを大量に持っているリクルートがAI 研究所を設立したニュースも耳に新しいところですね。今回の IPSJ-ONE でも、研究をもとに創業した玉城さんや、GMO ペパボ松本さん、NTT 望月さん・濱田さん、NTT レゾナント宮田さん、運営委員の Unity 簗瀬さんのように、産業界に所属を持ちながら研究している人たちがたくさんいました。

このように産学が入り乱れて社会の中で研究開発を進めている現状は、今のところ情報科学に限ったことかもしれません。しかし、研究とは新しい情報を創出することであるとすれば、遅かれ早かれ科学技術の全分野は IT 企業のスコープに入ってくるはずです。どのようなプロセスになるかは以下に詳しく述べますが、国家ではなく IT 系の私企業がファンドレイザーとなって特定分野の基礎~応用研究を効率的に進める日はすぐそこにきているように思います。

情報科学は: 研究のための道具を作れるから科学を更新できる (Science as a Service)

昨今、実験を伴う研究分野では、詳細な手順と生データが論文で示されていないと再現性が確保されないので何とかしないといけないという議論(元論文; PLoS Biology)がなされています。データの改ざんなどが元で論文の取り下げや撤回が頻発する分野もあるようです。このような問題は、データの改ざんができないように実験プロトコルや途中経過をできるだけデジタル化すれば防げるものです。もちろん生データ全てを公開できない事情は理解できますが、それでも今の科学の進め方は多くの分野でアナログすぎるのではないでしょうか。その点、IPSJ-ONE では人文科学や生物情報科学でコンピュータがいかに活用されているか知ることができ、刺激的でした。

情報処理に関する学問は、あらゆる科学と結びついてそのプロセスを効率化するポテンシャルを秘めているのです。これまでは出口が見えにくく基礎科学と考えられてきた分野も、研究を情報の観点でとらえることで応用までの道筋をつけやすくなり、巨大 IT 企業のスコープに入ってくるかもしれません。

私は、昨年初頭の名状しがたいお茶会というプライベートイベントでScience as a Serviceという言葉を説明しました。言葉自体はO'Reilly Radarで 2013 年に使われており、科学研究のプロセスの一部を外注する(API 化する)ことを指しています。たとえばBenchlingは、画像処理やデータ管理をすべてクラウド上で行うことで研究を加速するサービスです。一方、私は SaaS を、より成果物にフォーカスして見ています。インタラクティブシステム(プログラム)が論文を代替できると考えているためです。

プログラミング環境技術が十分に進展すれば、研究者自身が(広義の)プログラミングを行い、研究成果の生データをクラウド上に暗号化して置いて、他の研究者が検証するために必要なデータだけをストリーミングできるようになるはずです。私は、このときデータにアクセスするためのユーザインタフェースが論文の代わりになると考えています。情報系では、論文にデモ動画を含めたり論文にシステムを含めたりできます。複雑なソースコード(数式)は具体的にパラメタを触れるようにすることで理解しやすくなります。これを科学の諸分野に広げれば、さまざまな知見がもっと共有されやすくなると思うのは期待しすぎでしょうか。

また、最近のインタラクション研究では、人がコンピュータに命令されて動くことをポジティブにとらえる研究が増えてきています。私のSharedoはロボットが人に「コードが絡まったから何とかしろ」という Todo を入れてきますし、人がプロジェクションマッピングで出される指示に従って割り箸を置いていくと建築物ができるSTIKという SIGGRAPH 論文があります。研究に関しても同様のことができると考えて直接的な例を探していたのですが、IPSJ-ONE 登壇者の清水さんから「実験計画法 (Design of Experiments)」というそのものずばりの言葉を教えてもらいました。限られたリソースの下で新しい知見を効率的に発見するため、研究方法をコンピュータに教えてもらえるようにする研究が行われているのです。最近の例だとガウシアンプロセスを使ったものがあるようです。生物学+情報学=バイオインフォマティクスですが、化学+情報学=ケモインフォマティクスという分野があるのも恥ずかしながら初耳でした。

IPSJ-ONE は、これからの科学を人類の幸福のために発展させていけるよう、一コンピュータ科学者として何ができるのか改めて考えるきっかけになりました。このようなきっかけを与えてくれた運営委員のみなさま、議論していただいた登壇者のみなさま、そして、話を聞いてくださった聴衆の方々に感謝します。

IPSJ-ONE での発表資料など

発表はニコニコ動画でいつでも見られるほか、資料当日の反響をまとめた Togetterもあります。

発表で紹介した 2 つのプログラミング環境について詳しく知りたい方はDejaVuf3.jsを、SIGPX について興味を持たれた方は、ぜひ一つ前のブログ記事をご覧ください。5 分では紹介しきれなかった未来志向のプログラミングの話、とくにプログラミングできない人までプログラミングに巻き込む話については昨年「情報科学若手の会」で招待講演した際の発表資料をご覧ください。