現場に根差したツール研究(日本ソフトウェア科学会大会 基調講演)

投稿者: 加藤 淳
投稿日:
カテゴリ: research, science, discussion

日本ソフトウェア科学会 第 42 回大会で「現場に根差したツール研究 プログラミング、IoT、音楽動画からアニメまで」と題して基調講演しました。

イベント情報:

  • 📢 日本ソフトウェア科学会 第 42 回大会 基調講演
  • 「現場に根差したツール研究 プログラミング、IoT、音楽動画からアニメまで」
  • 📅9/4(木)13:30-14:30
  • 📍 東海大学 品川キャンパス
  • https://jssst2025.wordpress.com/program/

HCI研究は場当たり的?

二種類の一般性

これまでに私が取り組んできた研究のなかでも「よい研究」と思っている自信作を紹介し、自分が思う「よさ」の源として、二種類の一般性(generalizability, generality)について議論しました。Human-Computer Interaction 研究はしばしば、場当たり的で generalizability(一般化可能性)が欠けているとして批判されます。本講演はそれへのアンサーでもあります。

コンピュータが変幻自在の機械であることは必ずしもその自在性が無謬であることを意味しないはずなのですが、にもかかわらず、それが何とな~く神聖視されてきた面があると感じています。さまざまな事柄を抽象化し generic な技術をつくって汎用性の高い知見を見出すことが貴ばれすぎていやしませんか?

ここで、もう一種類の一般性、generality は仮に学問的普遍性と訳しています。半分、昨年度の研究パートナー Michel Beaudouin-Lafon の受け売りですが、コンピュータ科学は、現象を理論立てて理解可能にする研究をもっと重視したほうがいいように感じています。

二種類の一般性を行き来する日々

二種類の一般性は両立できる

コンピュータ科学において学問的普遍性が軽視されてきたことの一つの表れが WEIRD(研究の西洋バイアス)問題です。 ボーカロイド音楽みたいに、コンピュータ科学の範疇ではマイノリティの文化や、ドメイン固有のインタラクション設計を扱うような研究は、generalizability こそ低いかもしれませんが、前提条件を明確にしている点で generality にはしっかり貢献しています。WEIRDness は暗黙の前提を語らないからこそ問題なのです。

そしてこれは、generalizability は無意味、generality が大事、という一面的な話でもなく、generalizability と generality の両方への貢献を自覚的に書けたとき、最も「よい」、面白い論文になったなあと感じます。それが、ACM CHI '24 で刊行したアニメの絵コンテ制作ツール論文でした。

ソフトウェアの「ツールの科学」へ

ゆっくり進むコンピュータ科学者

ちなみに、紹介した自信作の中でいちばん、発表当時に期待した評価を得られなかったと思っているのは f3.js です。両義的ソースコードとか、GUI みたいにハードウェアの機能と見た目の両面を一体開発できるとか、超面白い発想だったと今でも思っています。

コンピュータ科学はすごいペースで論文が刊行され、腰を落ち着けて研究するという気分になかなかなれない分野かもしれません。AI for Science でますます研究が加速するトピックも出てくるでしょう。

でも、濁流にのまれず、現場に根を張って、人と向き合うコンピュータ科学者がいてもいい。何が「よい」研究か考え、議論する自由を手放してはいけない。そんな気持ちで講演しました。

初めて話す内容でしたが、質疑でも共感いただけたことが伝わり、なんと駅に向かう帰り道でも声をかけていただいて、感動したと仰っていただき、とても嬉しかったです。


最後に宣伝で、コンピュータ科学において構造的な理由で扱われてこなかったトピックについて議論する「UndoneCS '26 (2nd conference on Undone Science in Computer Science)」が来年 3 月に開催されます。

https://www.undonecs.org/2026/

投稿〆切は 10/9 (AoE) です。たぶん日本人で唯一のプログラム委員ですが、自分でも、今回の基調講演で話したようなことの派生形を投稿予定です。みなさんも、奮ってご投稿ください!ぜひ、ルクセンブルクでお会いしましょう。