骨と軟部組織のがんに対するカフェイン併用化学療法

投稿者: 加藤 淳
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カテゴリ: discussion, life

あの、コーヒーとか各種栄養ドリンクに入っている、カフェインです。プログラマかつ研究者なので、日々お世話になっています。これが、がん細胞に対する DNA 修復阻害作用を持っており、抗がん剤治療で併用したときの有効率がかなり高いらしいのです。実際に、2003 年 11 月に高度先進医療として承認され、金沢大学附属病院をはじめとする複数の病院で、保険診療内の治療法との混合診療が行われてきました。保険診療外の治療法はだいたい高価なイメージがありますが、カフェインは薬価が安く、患者の負担は一回 9,500 円で済むそうです。

僕の友人がまさにこの治療法の対象となるがんに侵されているため、詳しく調べてみました。すると、ここ数か月で様々な動きがあったホットトピックで、混合診療などいくつかの問題が複雑に絡んでいることが分かってきました。いったん、頭の中の整理を兼ねてまとめておこうと思います。

混合診療

保険で認められている治療法と認められていない治療法を併用する、いわゆる「混合診療」は、原則として禁止されています。(このあたりの事情をよくご存知の方は本節飛ばしても大丈夫です。)

原則禁止の理由は厚労省の公式サイトにまとまっており、要は、

  • 保険診療外の治療が一般化して、患者の負担が増えるのではないか
  • 安全性の担保されない特殊な医療の実施を助長するのではないか

という懸念があるようです。

原則ということは例外もあるわけで、現状認められている例外は、以下の 2 つです。

  • 症例数を積み重ねて将来的な保険適用を目指す、先進医療や治験などの評価療養
  • 快適性(いいベッド)や審美性(きれいな義歯)などの観点で患者自身が選択できる選定療養

この例外は健康保険法の曖昧な文言を国が解釈して決められているものです。

そこで、この 2 つから漏れて一気に医療費全額負担となった患者が、混合診療は認められるべき、と国を相手取って裁判を起こしたこともありました。これについては、2011 年 10 月に最高裁が「法構造が甚だ分かりにくい」と注文を付けながらも国の解釈を合理的だと認める判決が出ました。

混合診療には、この法解釈上の曖昧性以外にもさまざまな議論のポイントがあるようです。そこで、第二次安倍内閣の規制改革委員会では2013 年 11 月に公開ディスカッションを行っています。ディスカッションの内容はm3.com というサイトの記事になっています。また、内閣府の規制改革推進室が論点をまとめた資料が参考になります。

ディスカッションは 2013 年 12 月に続きがあり、m3.com の記事になっていますが、このときは 2014 年 6 月に結論を先延ばししています。最終的に、今年 6 月 24 日に規制改革実施計画などが閣議決定され、患者申し出療養という制度が創設される予定となりました。混合診療を大幅に拡大するものです。今後、政府は、2015 年度の通常国会に関連法案を提出し、2016 年度からの実施を目指すようです。

さて、これはこれで興味深い流れですが、深追いはやめて、この記事冒頭の話に戻します。2013 年 11 月の公開ディスカッションには、各ステークホルダーが参加していました。

  • これまでの曖昧な状態に対する説明責任を負った厚生労働省
  • 混合診療が長らく例外的に認められてきた歯科の医師
  • 医療費圧縮に効果がある旨を主張している医療法人の理事長
  • 患者負担増への懸念と安全性の担保を説く日本医師会の副会長
  • 製薬会社のうまみが小さく保険診療を目指せない希少がんの治療法を保険診療と併用したい医師

最後の製薬会社のうまみが小さく保険診療を目指せない希少がんの治療法というのがカフェイン併用療法であり、それを主張したのが、金沢大学整形外科で当該療法を開発、評価療養してきた土屋弘行教授その人なのです。

金沢大学附属病院における事案

土屋弘行教授は、カフェイン併用化学療法を開発し、かなりすぐれた治療成績を残してきたようです。この事実は、2013 年 11 月の規制改革委員会 公開ディスカッションで教授自身の資料によくまとまっています。(PDFその 1, その 2, その 3)

ただし、その進め方に問題があったとして、2014 年 8 月 28 日付けで「『カフェイン併用化学療法』に関する諸問題の調査報告並びに再発防止策等の提言」と題した報告書(PDF)が病院内の調査委員会から提出され、2014 年 9 月の先進医療技術審査部会で議題に挙がり削除が決定(PDF)、10 月 1 日付けで削除されました。今はWeb 上の先進医療 B の一覧からも消えています。カフェイン併用化学療法は、正式に、どの病院でも混合診療できなくなったということです。

この問題については北陸中日新聞の医療問題取材班が精力的に記事を掲載しています。そもそも、北陸中日新聞は金沢大学関連のニュースをたくさん配信しているので、いつものこと、なのかもしれませんが、それでも部外者にとって状況をよくつかめるのでありがたいことです。

ヘッドラインをざっと眺めただけでも何となくお分かりいただけると思いますが、単純に医療ミスとは言えそうにない「事案」です。

2010 年に骨肉腫治療を受けた少女が死亡した件で土屋教授ら 3 名が 2014 年 1 月に書類送検されたことをきっかけに、芋づる式で様々な問題が明らかになっています。基本的には2014 年 8 月 28 日付けで病院の調査委員会から提出された「『カフェイン併用化学療法』に関する諸問題の調査報告並びに再発防止策等の提言」(PDF)にとてもよくまとまっているんですが、時系列で並べると次のようになります。(抜けや誤解があったら教えてください。)

  • 2004 年 カフェイン併用化学療法が高度先進医療に認められる
  • 2006 年 高度先進医療制度が廃止され、新たに先進医療制度の発足が決定(カフェイン併用化学療法は時限的に 2008 年 3 月末まで認められた。土屋教授たちは新制度での先進医療認可のため必要書類を提出した。)
  • 2008 年 3 月 27 日 カフェイン併用化学療法の新制度での実施が認められる(それまでと異なり、臨床試験として行われることという条件が付与された)
  • 2009 年 10 月 骨肉腫を患った少女へのカフェイン併用化学療法開始
  • 2010 年 3 月  6 クール目の化学療法開始直後、アドリアマイシン心筋症による急性心不全で少女が死亡
    • 医療安全管理委員会に報告が上がるが、カフェイン併用化学療法が直接の原因でないと判断された
    • 同じ頃、土屋教授から当時の病院長に報告が上がったが、病院内の倫理審査委員会には報告されなかった
  • 2010 年 3 月 31 日 カフェイン併用化学療法の臨床的な使用確認試験の症例登録期間が終了(経過観察のため 2012 年 3 月 31 日まで期間延長が承認された)
  • この後、臨床試験に登録されていない患者に対してもカフェイン併用化学療法が継続される
  • 2013 年 12 月 19 日 カフェイン併用化学療法が、臨床試験に登録されていない患者に対して継続されている旨が厚労省と病院間の協議中に判明、中止が決定
  • 2013 年 12 月 27 日 カフェイン併用化学療法がすべての患者に対して中止
  • 2014 年 1 月 土屋教授ら 3 医師が業務上過失致死の疑いで書類送検される
  • 2014 年 4 月 調査委員会発足
  • 2014 年 9 月 調査報告と再発防止策などの提言が公開される

まとめると、制度改革への誤解と、教授の治療にかける思いから、本来混合診療として認められる範囲を逸脱してカフェイン併用化学療法が適用されていたようです。

また、少女の死亡は、本件を明らかにする原動力にはなったかもしれませんが、事案としては独立して考えたほうがよさそうです。(私見では、やれることをやりきったうえで亡くなったもので、いわゆる医療事故に相当するとは感じませんでした。)

薬事申請ができない有効な治療薬の存在

金沢大学附属病院のこの事案についての報告書には、

(2013 年)12 月 19 日の(厚労省との)協議で、試験期間の延長について倫理審査委員会で承認を受けな いまま継続されていることが初めて判明した。

と書かれています。これは、土屋教授が11 月の規制改革委員会での(厚労省も含めた)公開ディスカッションでに参加した直後のことです。実は、公開ディスカッションの資料で教授は次のように書いています。

総括報告書の提出を行い先進医療会議の評価も経ずに取り下げ申請を要求されている????? (治療継続不可能)

厚労省としては、臨床試験を終えて次の段階(薬事申請)に向かうため、先進医療としての認定を取り下げよ、という主張だったのでしょう。しかし、土屋教授はこうも書いています。

製薬会社は,「カフェイン注射薬は安価であり,また古い薬で特許もないことから,投資資金の回収には試算で 100 年以上を必要とし,採算がとれないため薬事申請はできない」と回答した

つまり、カフェイン併用化学療法は有効であると分かってきているが、製薬メーカーの採算が取れないため、薬事申請は不可能であるということです。

現状の混合診療は薬事申請を前提とした先進医療しか認めていないため、商業ルートに乗せられない薬については、臨床試験期間が終わったら、結果が出ていても先に進めないということになります。

もしあなたが、このような行き詰った状況下で、患者と対話しなければならないとしたら、どうしますか?