Re: ユーザインタフェース研究の意義
増井先生が以下のようなことをブログで述べています。
ここ何十年かのユーザインタフェース関連学会で論文として発表されたシステムを自分は全く使ってないことに気付いて愕然としてしまった。
ユーザインタフェースの研究を行なってる人達が、 これまでのユーザインタフェース関連の研究結果をほとんど常用していないのであれば、 ユーザインタフェースの研究など全く無価値なのではないかと思ってしまう。 「自分は XXX さんの研究成果である YYY というシステムを愛用してる」という人はぜひ事例を教えていただきたい。
僕は自分の研究成果を愛用して生活しています。
先日おうちハック発表会でキーノートスピーチした際の発表資料で喋った範囲でも
- 家電製品やルンバの遠隔操作に、Java 用のツールキットPhybots
- Kinect で家電製品を操作するプログラミングに、写真でプログラムを書けるPicode
- ルンバのエラー通知やメディアの閲覧管理にSharedo
- なめこの生育状況を観察したりホワイトボードの最新情報を Dropbox に投げるのにVisionSketch
といった具合だし、
- Microsoft Research でインターンしたときの成果なのでバイナリを持ち出せず使えないけど、本当なら Kinect 関連のプログラム書くときは常用したいと思っているDejaVu
- 同じく MSR でインターンしたときの成果だけど TouchDevelop という Web 用の開発環境に統合されていて、常用しているプログラミング言語や環境には用意されていない機能だけどあったら便利だろうなと思っているGUI の Live Programming
- 動画制作のための既存ツールの使い方がよく分からず自分で作ってしまったTextAlive
のように、常用したくないものは基本的に作っていません。
…が、ちょっと嘘をつきました。Sharedo は RooTooth が壊れて以来ルンバの管理には使ってないし、Picode は Windows でしか動かないし Kinect を常時起動しておくのは気持ち悪いので、家電製品をジェスチャで操作みたいなことは一瞬試してすぐやめました。
研究で作ったユーザインタフェースを常用するにはいくつかハードルがありそうです。
機能が足りない
研究としてユーザインタフェースを評価する際は、最小限の実装で留める人が多いようです。そうしないと、評価したいところ以外のファクターが大きくなってしまって、正しく評価できないという見方もできます。
このように最小限の実装で作ったものは、常用するには機能が足りないことがよくあります。既存のシステムの中に自分のユーザインタフェースを組み込めれば常用できるとしても、それを許さないシステムが多いのかもしれません。
一方で、僕は統合開発環境の研究をしているので、評価実験するためにはそれなりの機能が必要です。そもそも、自分の研究は特定の「機能」を使いやすくする「単一」のユーザインタフェースに関する研究ではないと思っています。特定の「ワークフロー」を支援するための「複数」のユーザインタフェースを統合した環境を作る研究です。
研究プロジェクトとして見るとだいぶ実装コストがかかる類だと思いますが、それでも統合開発環境を作るためのツールは 10 年前と比べたらかなり充実していますし、ギリギリ現実的なラインです。自分が使いたい、興味のあるものを作るには仕方ないのかなとも感じています。
ちなみに、僕の研究のベースとなるアイデアはどれもシンプルです。アイデアのシンプルさと、それを実現するための実装コストには、あまり相関関係がないというのが持論です。
増井先生のいう「コロンブスの卵」的な研究は、主にアイデアがシンプルで実装コストも低いものが想定されているように思います。だからこそ、たいていやり尽されていて発見するのが難しいのです。僕もそういう発見ができたらいいなとは思いますが、僕にとって実装コストは、研究トピックを選ぶうえではあくまで副次的な要素です。
プロトタイプ止まりである
前項で述べたような最小限の実装は壊れやすいです。例えば Arduino とブレッドボードを使った試作品が、基板を発注した完成品より壊れやすいのは自明です。また、消費電力などの面で常用がためらわれることもあります。
うちでも、RooTooth が壊れてしまってからルンバ関係のシステムが動かなくなり、RooTooth が高価なので放置しています。なめこの生育状況を観察するカメラも、落雷のあと壊れ、作り直すのが面倒になっています。(夏期はきのこが育たないので困っていないのですが。)Windows PC と Kinect の常時起動が必要だった家電操作用システムは、消費電力に見合う利便性が得られず使うのをやめました。
このようなプロトタイプを製品レベルまで持っていくのは、研究者の仕事ではありません。プロトタイプの時点で明らかに使いやすければ、それを論文やデモのかたちで世に出して、ほかの人の手による製品化を待つのは悪くない分業だと思います。ただ、だからやらないのだと胸を張っていいことかは分かりません。個人的には、常用したくて作っている研究プロジェクトが多いので、論文化し終わっても改良を続けたりしています。
プロトタイプの製品化には、完成度以外の要素も必要になってきます。ほかの人が使えるようにすることです。ドキュメントの整備やワークショップの開催など、研究業務の傍らで処理するには負担が重すぎるかもしれません。
そもそも常用するものでない
最後に、そもそも常用しないユーザインタフェースの研究というのもあります。ユーザインタフェースを設計する際は必ず何らかのシナリオを想定しますが、これが自分の日常生活と離れていることがあります。
例えば、僕が学校の先生が教室で何かを教えるときのためのユーザインタフェースを作ったとして、僕は学校の先生ではないので常用しません。他の人の役に立つためのユーザインタフェース研究をしている人もたくさんいますから、こういう研究に関しては批判は当たらないと思います。
いろいろ書いてきましたが、研究で作ったユーザインタフェースを常用するのは必ずしも容易ではありません。だからこそ、常用できるクオリティのユーザインタフェースを作っている研究者がもっと評価されてほしいですし、スタートアップ含め様々な企業には、ユーザインタフェース研究者のアイデアを拾って社会に広める役割を果たしてほしいなと思います。